筆者は2018年9月にsuper35mmセンサー用のキヤノン50-1000mmシネサーボレンズを使う機会があった。このレンズは巨大で重く、高価なものだが、この焦点範囲と全体的な性能を考えると、実はかなりコンパクトなレンズだ。
キヤノン50-1000mmを使うことになったのは次のようないきさつだ。Ivo Nörenberg氏が小型軽量で広い焦点範囲を持つ、野生動物を撮影するためのズームレンズを提供してくれないかとキャノンに頼んだことから始まる。キヤノンはその申し出を受け入れ、50-1000mmシネサーボを提供してくれた。長さ40.4 cm、重さ6.6 kgのこのズームレンズは、20:1のズーム範囲、ズーム、アイリスとフォーカスリング、および1.5倍のエクステンダーを装備する。このレンズ1本で野生動物を撮影することができる。
我々はこのレンズをsuper35mmセンサーを搭載したソニーFS7にマウントして撮影した。FS7はシネマティックな映像を撮ることができるコンパクトなカメラで、この組み合わせで従来の2/3インチ放送用カメラの代わりとしたのだ。 16:9モードでは、23.087 x 12.970 mm(26.481 mmイメージサークル)のセンサー領域をカバーする必要があるが、キヤノン50-1000 mmレンズは31.4 mmイメージサークルを持つため問題ない。
キヤノン50-1000mmシネサーボレンズの概要
撮影場所はスペイン南部のアンダルシア(Andalusia)で、美しいところだ。我々はプライムレンズを装着した数台のソニーFS7 Mark IIを用意した。多くのキヤノンLレンズといくつかのシグマArtレンズも使用した。 FS7 Mark IIの内蔵可変NDフィルターは、浅い被写界深度で撮影するのに最適だった。
一方キヤノン50-1000mmを装着したFS7 (Mark I)は、レンズを常に取り付けたままにしていた。レンズサポート、ズームハンドル、リモートフォーカスホイールをいちいちセットするのは時間がかかり面倒だったからだ。そのため、1つの大きなフライトケースに収納した。特定の焦点距離でこのレンズが素晴らしい浅い被写界深度の映像を見せてくれるので、カメラに可変NDフィルターは必要なかったのだ。
カメラの持ち運びは2人がかりだが、一度セットしてしまえば、通常のENGカメラと同様、1人のカメラマンですべての作業ができる。1000mm近くの焦点距離では、被写体のクローズアップショットを簡単に撮ることができる。他のカメラがフレームに入らないようにするため、このレンズを搭載したFS7は近くの丘の上に据えた。
キヤノン50-1000mmの性能
このレンズを使いこなすには、ある程度の練習が必要だ。これほどの長い焦点距離のレンズでは、わずかな揺れでもかなり影響する。しっかりした三脚が必須で、今回使用したSachtler Studio 9+9フルードヘッドとSachtler Cine 2000の脚はこれに応えてくれた。なお、1000mmのレンズを操作しながら同時に動いている被写体にフォーカシングするのはかなり難しい。
このレンズはT5.0-8.9で、これは必ずしも明るいレンズとは言えないが、これほどコンパクトに仕上がっていることを考えると仕方ないだろう。1000mm近辺ではT8.9まで落ちるので、ズームインするとかなり強いf-dropが発生する。最初にアイリスをT8またはT11に設定するとこれを回避できる。 T8は映画的な焦点距離の映像ではないように思われるかもしれないが、焦点距離が長いのでT11まで絞り込んでも被写界深度は十分浅いのだ。これが、FS7 Mark Iの(バリアブルではなく)通常のNDフィルターで良かった理由だ。比較的絞りを開け気味に撮らなくてはならないのでMark IIの可変NDは必要なかった。
このレンズは同焦点レンズだ。即ちズーム範囲全体でレンズの焦点が一定となる。例えば1000mmでフォーカスを合わせ、その後ズームアウトしてフレーミングできるので大変便利だ。ただし最短合掌距離は3.5mで、これもまたこのレンズの性格を表している。
このレンズは更に1.5倍のエクステンダーを装備している。これにより1000mmの焦点距離では1500mmになる。もちろん、50mm端も75mmになる。
光学収差も非常にうまく処理されており、周辺でも実に素晴らしい画質を提供する。ズーム範囲全域にわたって4K撮影に耐える光学性能を持っている。
レンズのマウント
フランジバックの調整も可能だ。これにより、さまざまなカメラのフランジに対応できる。これは放送用レンズでは一般的な機能で、50-1000mmレンズにも採用されたのは放送用レンズも手掛けるキヤノンならではだ。
このレンズはEFまたはPLマウントの選択ができる。マウントはキヤノンの認定サービスで交換可能だ。 EマウントのFS7には、Vocas のE-PLアダプターを使用してマウントした。レンズをカメラにマウントする場合、レンズが重いのでマウントを破損しないよう注意が必要だ。また頑丈な19mmロッドが必要となる。 FS7はこれほど重いレンズを支えるようには設計されていない。 Vocasアダプター自体はトップマウントプレートで支えられている。
サーボを使う
キヤノン50-1000mmはレンズの側面にENGレンズのようにモーターボックスを装備しており、ズーム、アイリス、フォーカスの3つのサーボが内蔵されている。今回はアイリスをマニュアルで操作しながら、フォーカスとズームは外部コントロールを使用した。
スムーズなズームが必要な場合、ズームサーボハンドルは必須だ。レンズ自体のズームレバーは三脚に乗せた場合、届かないためだ。リモートフォーカスホイールがレンズの大きなフォーカスリングの代わりになる。ちなみに、フォーカスリングはハードストップになっており180度回転する。各サーボは手動操作も可能だ。
無線でのフォーカスシステムを使う場合は、モーターユニットを取り外すことができる。 フォーカスリングには0.5ピッチと0.8ピッチのギアが刻まれているが、ズームとアイリスリングは0.5ピッチのギアのみとなっている。
FS7で使用する場合、レンズはサーボ用の外部電源を必要とするため、標準の12ピンカメラインターフェースケーブルでレンズとFS7拡張ユニットのHiroseコネクタを接続する。この接続によりカメラのREC ON/OFFをズームハンドルで行うことができる。
主な仕様
以下はレンズの主な仕様。
モデル名:CN20×50 IAS H/E1(EFマウント)/CN20×50 IAS H/P1(PLマウント)
マウントタイプ: EF/ PL
ズーム比:20倍
焦点距離範囲:50〜1000mm、75-1500mm(1.5倍エクステンダ時)
最大口径比:50〜560 mmでT5.0/1000mmでT8.9
75〜840 mmでT7.5(1.5倍エクステンダ時)/1500mmでT13.35(1.5倍エクステンダ時)
絞り羽根:11枚
画角(アスペクト比1.78:1寸法24.6×13.8mm):
- 50mmで27.6°x 15.7°
- 1000mmで1.4°x 0.8°
- 75mmで18.6°×10.5°(1.5倍エクステンダ時)
- 1500mmで0.9°x 0.5°(1.5倍エクステンダ時)
画角(アスペクト比1.9:1、寸法26.2×13.8mm):
- 50mmで29.4°x 15.7°
- 1000mmで1.5°x 0.8°
- 75mmで19.8°×10.5°(1.5倍エクステンダ時)
- 1500mmで1.0°x 0.5°(1.5倍エクステンダ時)
最短合焦距離(画像平面から):3.5m
最短合焦距離でのオブジェクト寸法(アスペクト比1.78:1寸法24.6×13.8mm):
- 50 mmで139.3 x 78.1 cm
- 1000mmで7.3×4.1cm
- 75 mmで92.9 x 52.1 cm(1.5倍エクステンダ時)
- 1500mmで4.9×2.7cm(1.5倍エクステンダ時)
アスペクト比1.9:1寸法26.2×13.8mm
- 50 mmで148.3 x 78.1 cm
- 1000 mmで7.8 x 4.1 cm
- 75 mmで98.9 x 52.1 cm(1.5倍エクステンダ時)
- 1500 mmで5.2 x 2.7 cm(1.5 xエクステンダ時)
フォーカス/ズーム/アイリスギア:
- フォーカス:0.8 / 0.5
- ズーム:0.5
- アイリス:0.5
前玉径:136mm
寸法(W×H×L): 175.0×170.6×413.2mm
質量: 約6.6kg
短所
完璧なものは存在しない。このレンズはできるだけコンパクトに設計されているので、欠点も見受けられる。この50-1000mmシネズームズームレンズに関しては、最も気になるのはフォーカスブリージングだ。例えば850mmで撮影中にフォーカスを変えると、フォーカスブリージングが非常に目立つ。
フォーカスブリージングとは、フォーカスを合わせるとズームしているかのようにフレームが変化すること。これをなくすには、更に複雑なレンズの内部設計が必要になる。その結果はるかに大きく重いものになるだろう。その意味ではこのフォーカスブリージングは必要な妥協と言える。
また、当然ながらこのレンズには手振れ補正機能は付いていない。このような長い焦点距離のレンズはほとんどの場合三脚で使用するからだ。また先にも書いたが、確かにこのレンズは重いが、この焦点距離と性能を考えれば十分小型軽量と言える。
最後になるが、このレンズは高価で、FS7の約10倍の価格だ。レンズをカメラに取り付けるのではなく、カメラをレンズに取り付けるといった感覚だ。
まとめ
このレンズを使った撮影は実に楽しかった。すぐに使いこなせるものではないが、しかし慣れれば実に快適な撮影ができる。焦点距離と光学性能は実に印象的で、50m先からも素晴らしいクローズアップが撮れる。
このレンズはもちろんENGスタイルの撮影向きではない。しかしこの焦点距離のレンズとしては、かなり機動性が高い。フォーカスブリージングは妥協点ではあるが、それなしに20倍ズームをこのサイズで作るのは不可能だろう。
通常、筆者はズームレンズをあまり使わないで、明るいプライムレンズを使うことが多い。しかし、このキヤノン50-1000mmは実に楽しかった。このレンズ無くしては、今回のショットは撮れなかっただろう。
キヤノンのWebサイトはこちら。