ニコンの新しいフルサイズカメラZ 9を入手し、ラボテストを行ったのでレポートする。なお、ラボテストは最終ファームウェアをインストールした先行販売カメラで行った。
ニコンZ 9は、少なくとも数値の上ではかなり印象的なスペックを持っている。例えば10ビットN-Logモードで8K /30pに加え4K/120pで撮影できるだけでなく、フルフレームのProRes HQ 422(さらに詳しい仕様はこちら。ビデオ撮影のためのCamera of the yearの記事はこちら)で内部4K記録を備えている。しかしそれだけでなく、2022年に予定されている将来のファームウェアリリースでは、12bit N-RAW(内部的にはTicoRAWコーデックのバリエーション)に続き、12bit ProRes RAWで8K/60pで内部記録できるようになる予定なのだ。
しかしカメラの画質は画素数やスペックだけでは決まらないので、ラボテストを行う必要がある。その結果、控えめに言っても、かなり全容が分かってきた。
ローリングシャッター特性
8K H265モードの25fpsでスタートすると、ローリングシャッターは14.5msと実に良好だ(少ない方が良い)。
これは、キヤノンR5よりも約1ms、ソニーα1よりも約2ms優れている。この価格帯のミラーレスフルフレームカメラでは、やはりフルサイズモードでのローリングシャッターが8.7msのソニーのα7S IIIが優勢だろう。
フルフレーム4K ProRes HQモードでは、ローリングシャッターは14.5msにとどまり、フルフレーム4K 120fpsモードでは4.9msに大幅に低下する。
Those are very good results!
N-Log ISO800でのダイナミックレンジ
ダイナミックレンジのテスト方法についてはこちらを参照いただきたい。
25fpsで内部記録する8K H265モードから始めると、8Kタイムライン上のXyla21チャートの波形プロットは、ノイズフロアより上に約12ストップあることを示している。
波形プロットを見てちょっと不思議なのは、ノイズフロアの中にあと1段くらいはあるようなのだが、DaVinci Resolveのヘビーノイズリダクションを使用して、ノイズフロアからさらに1ストップ分掘り出せるかどうか別のテストを行ってみたが、何も見つからなかった。
IMATESTで解析すると、SNR=2で11.6ストップ、SNR=1で12.7ストップが得られた。
さて、IMATESTでは、上記の波形プロットからの結果を確認できる。また、中央のグラフの青い「12.7」ライン(SNR=1を示す)の上には何もない。
もし、測定されたガンマカーブ(上のIMATESTの結果の最初のグラフ) – 使用されたN-Logプロファイル – を見ると、何が起こっているのかが明らかになる。現在設計されているN-Logは、13ストップ以上を保持することはできない。シャドウ側(左側)のストップの分布を見ると、ほぼ水平な線になっている。つまり、シャドウストップ間のコード値の区別がなくなっている。
これは、ラチチュードテストでシャドウ部をポスタリゼーション/バンディングなしに引き上げることはできないことを示している。
ただし将来のN-RAWモードでは、ポスト処理で希望のガンマカーブを選択できるようになるため、この問題を回避できる可能性がある。
次に、4KフルフレームProRes HQ 422モードについて説明する。理論的には、もし4K時にセンサーの適切なダウンサンプリングが行われておれば、このモードは少なくともSNR=2において著しく優れたダイナミックレンジ値を与えるはずだ(ダウンサンプリングによって信号値は変わらないが、ノイズは平均化されるため、S/N比はより良い値となる)。まずは4Kタイムラインでの波形プロットから始めよう。
4K ProRes HQの波形プロットでは、ノイズフロアの上に11、いや12ストップが表示されている。また、非常にかすかだが13番目のストップが見える。以下のIMATESTでこれを確認できる。
SNR=2で11.5ストップ、SNR=1で12.4 ストップ の値が得られている。残念ながら、フルサイズセンサーは4K ProRes HQモード用に適切にダウンサンプリングされていないようだ。
ソニーα1やα7 IVのようなカメラは、この4Kダウンサンプリングを正しく行っており(ラボテストはこちらとこちら)、SNR=2で約12.8ストップ、SNR=1で14ストップのダイナミックレンジとなっている。
これらの結果から、Z 9は、最近のソニーのカメラよりもダイナミックレンジが1~1.5段ほど低いことになる。パナソニックのフルサイズカメラ(S5、S1、S1H)の最近のテストを見ると、かなり似たような結論が得られている。次のセクションのラチチュードテストでこの結果が確認できるか見てみよう。
ラティテュードテスト
8K H.265と4K ProRes HQのフルフレームモードでN-Logを使用し、ベースISO800でテストした。
先に書いたように、ラティテュードとはベース露出から露出オーバーまたは露出アンダーにしたときに、ディテールや色を保持するカメラの能力を示す値だ。このテストはカメラの絶対的な限界に挑戦しているため、非常に分かりやすいものとなる。
スタジオの基本露出は、被写体の人物の額の輝度値が60%になるように(任意に)している。以下の画像は、新しいZ 9 LUT (Z_9_N-Log-Full_to_REC709-Full_33_V01-00) を使ってグレーディングしたものだ。この Z 9 LUT はニコンのホームページではまだ公開されていないが、すでに公開されている Z_7II_N-Log- Full_to_REC709-Full_33_V01-00 LUT と同じに見える。
このLUTは少し彩度が高すぎてピンクがかっているように感じるが、とりあえずはよしとしょう。
このベース露出から、アイリスをF1.4まで開き3段分露出を上げ、ポストでベース露出に戻す。下の波形プロットが示すように、人物の額は赤チャンネルがクリッピングされる寸前となっている(グレーディング前のクリップのもの)。
3段露出オーバーから戻すと、さらに少しピンクがかった画像になる。
今度は、レンズの絞りを絞ってシャッタースピードを上げ、露出アンダーにする。露出が+2ストップから-1ストップの間はあまり変化がないが、2ストップアンダーから戻すと若干ノイズが出始める。しかしまだ大丈夫だ。画像は多少緑がかってきている。
3ストップ露出アンダーから戻すと、ノイズが出始める。
上の静止画では全体像が見えないが、動画では3ストップアンダーから戻すとかなり厳しいノイズが発生している。しかし、ノイズリダクションできれいにすることができる(参考までに、Resolveのノイズリダクション設定も以下に示しておく)。
次に4ストップ露出アンダー時のポスト処理を見てみよう。
ノイズがひどくなり、横線、縦線も出てくる。さらに、通常ノイズで隠れるのだが、ポスタリゼーションやバンディングも現れている。この画像は使えるレベルではないので、ここで終了とする。
興味深いことに、上記と同じノイズリダクション設定(3ストップアンダー画像用)を適用すると、人物のシャツからすべての色が取り除かれる。
バンディングが現れ、人物の髪にはクロマノイズの大きな色斑が見られる。
そのため、ノイズリダクションを弱めて色の一部を保持する必要がある。
さて、これでかなり良くなった。しかし、バンディングと横縞・縦縞はまだ残っており、前述の通り、すでに許容範囲ではない。
残念ながら、予想通り(上記のダイナミックレンジの項を参照)、現在実装されているN-Logガンマカーブでは、激しいポスタリゼーションやバンディングなしにシャドウ部を引き上げることはできない。しかし将来のN-RAWは、それを回避できる可能性がある。
今回のラチチュードテストで、ニコンZ 9は3ストップオーバー、3ストップアンダー、つまり上下で6ストップが可能という結論に達した。
そして、ラチチュードテストは、ニコンZ 9のダイナミックレンジがソニーやパナソニックの競合機種より1~1.5段低いという、以前の調査結果を裏付けるものとなった。ソニーα1は、パナソニックLUMIX S5、S1、S1Hと同様に、8ストップのラティテュードを示している。またソニーα7S IIIとα7 IVは、7ストップのラティテュードを示した。
更に、ラボテストでの現在のベンチマークを示すと、 ARRI ALEXA LFは5ストップオーバー、5ストップアンダー=10ストップのラティテュードを持っており、これは4ストップ分多い。(記事はこちら)
さて、このラチチュードテストの結果は、内蔵のProRes HQ 422モードを使用した場合、異なる結果になるのかと聞かれるかもしれない。そこで、3ストップアンダー露出のショットをご覧いただきたい。
非常に似た結果となっている。続いて、4ストップアンダー時の画像も見てみよう。
これも非常に似ている。また、4ストップアンダーを戻し、ノイズリダクションした場合の4K ProRes HQ画像も、やはり使えないレベルだ。
ご覧の通り、ProRes HQでもクロマノイズリダクションを緩めなければならず、そうしないと映像の色が失われてしまう。醜いポスタリゼーションやバンディングは非常に顕著で、画像は使い物にならなくなってしまっている。
4K ProRes HQを使用しても違いは見られないが、これは主に前述のN-Logの実装が原因だ。ニコンが将来のファームウェアアップデートで、このセンサーのポテンシャルを引き出すN-Log2のようなものを出してくれることを期待したい。
また、将来のN-RAWがその点でどのような挙動を示すのかも気になるところだ。
まとめ
前述したように、Z 9は解像度、コーデック、フレームレートにおいて非常に素晴らしいスペックを持っている。そして、ローリングシャッターの結果も確かに印象的で、今後ProRes RAWとN-RAWモード(2022年予定)で8K/60pの内部記録を可能にする。
しかし、ダイナミックレンジの結果は期待を下回っており、Z 9はソニーやパナソニックの競合機種よりも約1.5ストップ低いダイナミックレンジを示している。
この結果はラチチュードテストで確認され、Z 9では6ストップに留まっている。これは、ソニーα7S IIIとα7 IVより1ストップ少なく、ソニーα1とパナソニックS5、S1、S1Hより2ストップ少ない値だ。
ニコンが将来のファームウェアアップデートで画像処理パイプラインを改善できることを期待したい。またN-Logガンマカーブの変更の可能性もあるだろう。
ニコンの返答
なおこのラボテストの結果はニコンジャパンと共有している。
H.265とProRes HQのダイナミックレンジについては、ProResの画像処理は解像度を優先しているため、ノイズ処理が他とは異なります。
ProResは編集素材であり、ノイズ処理はユーザー側で行える方が良いと我々は考えています。
ご存知の通り、ノイズリダクションと解像度保持は相容れない条件であり、どちらかを選択しなければなりません。カメラ側でノイズリダクションを行うことは可能ですが、ポストプロダクションで一度失われた解像度を回復させることは困難です。
私たちは、ノイズリダクションか解像度維持かをユーザーに選択していただけるようにしています。
その結果、ProResの暗部のディテールがノイズフロアを埋め尽くしてしまい、評価上はダイナミックレンジが低くなってしまうのです。ダイナミックレンジは、ユーザーにとって非常に重要な項目です。