HDRという言葉は、今や家電店のパンフレットにも普通に見ることができる。 また、パナソニックのGH5では10bit内部記録が話題になっている。これらがプロフェッショナル向けはもちろん、コンシューマー向けの製品にまで広がってきたのはなぜだろうか?
パナソニックGH5が、10ビット4:2:2で内部記録できるのはご存知だろう。GH5は10bit/4:2:2/4Kビデオをコンシューマー機器に採用した最初のカメラで、近くそのビットレートを400Mbpsに上げる予定だ。
このことは、他のメーカーの今後の製品開発にも大きな影響を与えるだろう。高ダイナミックレンジで広い色域でのビデオ撮影は、今後の流れとなっていくと予想される。
10bitカラーとは?
10ビットの色深度がある場合、R、G、BかY、Cr、Cbの各チャンネルで1ピクセルあたり1024ステップを持つという意味になる。クロマサブサンプリング(Y、Cr、Cb 4:2:0,4:2:2など)について詳しく知りたい場合は、以前の記事「クロマサブサンプリングを知る - いまさら聞けない 4:2:2って何?」を参照していただきたい。
10bitや、あるいは最近良く聞くHDR(ハイダイナミックレンジ)も、実は新しいものではない。DPXフィルムのデジタル化が始まった当初より、最小限のスペックと認識されているのだ。
カラービット深度とは、各カラーチャネルの画像を構成する要素に割り当てることができるステップ数のことだ。“ビット”は、オンまたはオフの2つの状態のうちの1つ、またはバイナリ1または0、白または黒のいずれかを表している。
1-bit: 1 value (0 – 1)
2-bit: 4 values (0 – 3)
4-bit: 16 values (0 – 15)
8-bit: 256 values (0 – 255)
たとえば、8ビットでは、8つの1または0の組み合わせで構成され、即ち、256通りの組み合わせが存在することになり、0〜255の間の任意の値を表すことができる。
輝度信号で考えてみると、これは黒(0%)と白(100%)との間の最大256ステップ(0から255)で表現される。ただし、実際の黒は通常0ではなく16であり、白は235であり、rec709で決められている255ではない。
上記のグラデーションのイメージで10bitを記さなかったが、これは、おそらく皆さんが見ているディスプレイでは、その違いを表現する事ができないからだ。ほとんどのディスプレイは8ビットであり、ディスプレイパネルやGUIグラフィックスは8bitの深度しか表示できないので、上記の8ビットグラデーションと同じに見えてしまうだろう。
8ビットと10ビットの色深度の違いは、従来のrec709 gamutのディスプレイで見てもまず分からない。しかし、ダイナミックレンジが広くなると話は別だ。撮影時だけでなく、テレビ、スマートフォン、ラップトップPC、映画館などのエンドユーザー向けのディスプレイでも、制作時の状況が影響してくる。即ち、撮影時やワークフロー、あるいは配信時のビット深度が非常に重要になってくるのだ。
上記のグラデーションの白の端を更に白の領域に伸ばす(ダイナミックレンジを広げる)と段差が大きくなるので、滑らかにするためには更なる階層が必要となる。この場合でも、カメラで使われる非線形ガンマカーブ同様、ステップの多くを低輝度と中輝度に割り当て、高輝度部への割当は少ないが、高ビットレートで撮影やグレーディングをしていればrec709に戻すとき、滑らかな階調が得られる。
Rec709の先へ
従来は、HDTV用に設定されたrec709でかなり限定された色域だったため、特に配信面で8bitが標準だったが、コンシューマーや業務用レベルのカメラでも8bitが一般的だった。更に、これらのbitをシャドーや中間域に多く割り当て、ハイライト部にはあまり割り当てないログやフラットな非線形ガンマプロファイルでは、ハイライト部の階調は十分ではなかった。
しかし、HDR対応のディスプレイに十分なダイナミックレンジで表現するためには、輝度が256階層、即ち8bitでは足りない。
そこで、各チャンネルに2ビットのデータを追加することで、チャンネルあたりの合計値を4倍の1024にし、0〜1023を割り当てることができる。これにより、広いダイナミックレンジや広い色域(gamut)が表現できるようになるのだ。
コンシューマー製品の移行
テレビメーカーはHDRへの移行を、SDからHDへの移行の時よりはるかに積極的かつ迅速に進めている。 HDR対応4KUHDテレビの価格は下がり、今や一般的になりつつある。
4KUHD HDRテレビは、対応しているコンテンツがまだまだ不足しているにも関わらず、すでに多くの家庭に普及しつつある。
このような4K UHD HDRテレビの普及は、家庭向けエンターテインメントの次の大きな飛躍として、業界全体を推進している。しかし一方で、プロのコンテンツ制作者、機材、ワークフロー、配信チャネルがこの動きに追いついていないうちに、タブレットやスマートフォンなどの民生機器をHDR対応することにより、ユーザー自身がHDRコンテンツを家庭で作成できるようになりつつある。
課題と解決策
多くのデジタルシネマカメラは、長年にわたりUHDやHDRに対応し、そのためのファイルやフォーマットを開発してきた。しかし、今やプロフェッショナル用途でも使われているDSLRやミラーレスカメラ、業務用レベルのビデオカメラは、8ビットのH.264から抜け出せていない。
これらのカメラメーカーが直面している課題には多面的なものがある。そのひとつは、下位の製品に高度な機能を採用すると、上位の高価なカメララインアップのビジネスを脅かす可能性があるという懸念があるからだ。
その意味から言えば、パナソニックがGH5に10bit記録機能を採用したことは、素晴らしい決定だったと言える。現状のラインアップで競争力を維持したいと考える多くのメーカーは、なかなかそのような決定には踏み切れないだろう。
もちろん、技術的な課題もある。解像度、色深度、フレームレートは当然高くなるので、より多くの画像情報を処理する必要がある。内部記録する場合は、カメラ自体に高度な処理機能が要求される。もちろんそのようなハイレートの信号を記録するためには、空間的あるいは時間的な圧縮技術を駆使する必要がある。これには、より高速で大容量の記録メディアも必要となる。更にこれらの要素は消費電力も増加させ、熱の発生の原因ともなる。
避けられない妥協
ソニーは、HLG(Hybrid Log Gamma)を実装している既存の製品に、HDRアップグレードを発表した。このアップデートでは、HLGピクチャプロファイルがFS5とZ150にも提供されるが、XAVC Long記録では4:2:0のクロマサブサンプリングで8ビットの色深度しか得られない。従って、内部記録の制限でこれ以上のことはできず、過渡的な解決策と言わざるをえない。最良の解決策は、外部レコーダーを使用することだ。
真にHDRに対応するためには、コンシューマーカメラにも10ビットの4:2:2オールイントラコーデックを採用する必要があるということだ。
スマートフォンから目が離せない
スマートフォン用に開発される新しいカメラ技術とビデオ機能は注目に値する。スマートフォンメーカーは失うものはなく、マスマーケットに向けてシェア拡大のために積極的に技術革新を行っていくだろう。既に、ビデオカメラに匹敵する機能を持ち始めているのは、周知の事実だ。
大手のカメラメーカーが躊躇している間に、10ビット HDR対応コーデックがスマートフォンに搭載されても驚くことはないだろう。
ハイエンドのデジタルシネマカメラメーカーは別にして、エントリーレベルやミドルレベルの大型センサーカメラメーカーは、高フレームレート、先進の高ビットレートコーデック、高ビットレート、HDR機能など市場の要求が高まるにつれて、徐々に、あるいは急激に、その市場を失うことになりかねない。
もし、私たちが慣れ親しんでいるこれらのメーカーがこのまま何もせず、すぐに行動しなければ、コンシューマーや業務用のビデオカメラがマルチカメラ機能やデジタル機能満載のスマートフォンに取って代わられるということも十分考えられるのではないだろうか。